郡上八幡2代目だんご屋復活プロジェクト
~観光地という条件を活かした障害者の就労支援~
吉田川は岐阜県を南北に縦断する長良川の支流である。夏になると鮎を求める釣り人の長い竿が両岸にずらりと並び、川の東西に広がる過疎の町郡上八幡の人口は、国の重要民俗無形文化財である郡上踊りに連日踊り興じる延べ30万人の観光客で膨れ上がる。司馬遼太郎をして日本で最も美しい山城と言わしめた郡上八幡城から見下ろすと、雪国に特徴的なトタン屋根のひしめく小さな町は、吉田川に沿ってみごとに鮎の形をしている。
冬になると夏の喧騒が嘘のように静まり返る奥美濃の城下町に、半世紀を超えて同じ味を守り続ける串団子の屋台がある。中部地方に特有の5つ玉のみたらし団子は、郡上産のうるち米を2度蒸しした食感と、たまりと呼ばれる濃厚な醤油にザラメを溶かした甘辛いたれの風味が好まれて、地元住民の舌を楽しませている。町の者なら誰でも屋台から立ち上る煙の匂いに立ち止まり、親にせがんで買ってもらった一串の団子を頬張りながら歩いた懐かしい思い出を持っている。時代は流れ、高速道路の開通によって四季を問わず観光客が訪れるようになると、団子を買い求める人は増え、盛況ぶりを見せるようになったところであるじが死亡した。妻が一人で跡を継いだものの、寄る年波には逆らえず、廃業の止む無きに至ったが、懐かしい味が消えるのを惜しむ声が絶えなかった。そこで伝統の串団子を復活すべく、ぶなの木福祉会が手を挙げた。
ぶなの木福祉会は障害福祉サービスを提供する社会福祉法人である。どんな重い障害があっても地域で普通に暮らせる社会づくりを目指している。保護的環境で単に安全な生活が保障されるだけでは普通の暮らしとは言い難い。働くという形で社会に参加しなければならない。一定の収入を得なければならない。消費社会にも参加しなければならない。働いて収入を得る喜びと、その収入で欲しいものを買う喜びが、車の両輪のように作動して普通の暮らしは成立する。ぶなの木福祉会では中山間地の特徴を活かし、農作物の生産を中心に働く機会を創出して来たが、収穫物を販売するだけでは当然のように思うような収益にはならなかった。そこで付加価値を付けた加工食品の製造販売も手掛けてみたが、大手の会社の商品には味も販路も及ぶべくもなく、結局は福祉イベントの会場や町の福祉店舗で、障害福祉に対する理解者を対象にほそぼそと販売する状況から抜け出せないでいる。一旦は廃業した伝統の団子屋をぶなの木福祉会の力で復活できたら、障害者の工賃確保を超えて町の活性化に貢献できるに違いない。
ぶなの木福祉会のある郡上市には高齢化と過疎化で耕作者不在の圃場が散在している。放置すれば原野と化す田んぼを借り受けて団子の原料のうるち米を作る提案を、田んぼの持ち主たちは歓迎した。水田に緑の苗が整然と並ぶ初夏の景色も、黄金色に色づいた稲穂が風に波立つ秋の景色も、失われゆく地域の景観保存に貢献する。農地を提供した高齢者たちは、米作りの指導者となって、耕作者としての誇りを取り戻す。
廃業した団子屋にぶなの木福祉会として事業の継承を申し出ると、二代にわたって守り続けた「暖簾」を掲げることを条件に、団子を作る道具類一式を無償で提供してくれた。先代からの伝統の味が引き継がれるのは願ってもない喜びだとばかり、一連の製造工程から秘伝のたれの作り方まで、実地の指導を進んで引き受けてくれた。夢が、にわかに現実味を帯びた。ここまでの段階で、障害者の就労の機会を創出するという目標の周辺に、農地提供者の社会貢献と景観保全、さらに廃業した団子屋の事業主の生き甲斐の創出までが見えて来た。あとは団子屋を展開する場所であった。
踊りの町郡上八幡は水の町でもある。自家用車がすれ違うのもためらわれる狭い道路の両側に、肩を寄せ合うように古い町屋が軒を連ね、耳を澄ませばたいていの場所で用水を走る水音が聞こえる。その狭い生活道路を、春は三つの神社から繰り出した大神楽がお囃子を奏でながら練り歩き、夏は郡上踊りの踊り客たちが下駄を鳴らして散策する。失われつつある旧き日本の風情を求めて観光客が大挙してバスで訪れる町の中心部には、しかし、住む人を失った廃屋が点在している。町を散策する観光客が歩き疲れて足を休める場所に、団子とお茶を提供する茶店が、町屋の外観を保ったままで存在すれば、需要は屋台の団子屋の比ではない。ぶなの木福祉会は既に複数の空き家の持ち主に家屋の貸与の約束を取り付けた。日本財団の支援を得て、まずは一号店の整備が決定している。町の中心にある古民家には、団子の焼ける香ばしい匂いが立ち込めて、見知らぬ観光客同志が座敷で談笑する。町の古老が昔話をしてもいい。町民のみが知る隠れスポットを案内してもいい。地元で採れた米や野菜を販売するのも面白い。周囲の壁は地域住民の趣味のギャラリーとして活用してもいい。
人が集えば就労の機会は団子の販売にとどまらないだろう。そこに生まれる様々な交流を、ぶなの木福祉会の利用者たちが陰に日向に支えることになる。既に団子のみで年間数百万円の売り上げの実績がある。やがて店舗は複数に増えて…そんなプロジェクトがたった今始まった。
社会福祉法人ぶなの木福祉会
大坪 隆成